住んでみたいから作った。
仕事場。


96年の春あたり、とある雑誌を見てたら、

ドームハウスが作れるキットが売っているらしい。

この基本の三角形で出来てしまうらしい。
よく読めば、直径10メートルクラスで300万くらい。

だったらこの写真から寸法割り出せば、キット無しでドームが建つのだな、、。
キットで300ならば、自分で初めからやれば半額以下だな、、。
先の仕事で蓄えた100万円があったので、建ててみる事にした。

とりあえず、正三角形を紙で作って並べてみる。

パッチワーク?
当たり前だけど、平面になっちゃいやんの。
いきなり挫折感。

雑誌から寸法とっても拡大率100倍近いから現実的じゃないし、、

もう一度写真をじ〜っと見た。
!!

もようがサッカーボールと一緒じゃん!

ははん。

これが正解か。

模型を作ったら、やっぱり正解。
模型が図面という事で、開始。

一週間くらい、狂ったように三角作った。

もちろん、完全に一人で家は建たないのはよ〜く理解していた。
そこいら辺の作戦はちゃんとあって、、、
仕事場のトイレの改装で(水洗じゃなかった)顔見知りの大工さんが作業に来ていたので
当分の間は、指示を仰ぎ手伝ってもらう魂胆で了承もしてもらっていた。

三角も出来て数日後、ぼちぼち建てるか、、、と思ったけど、大工さんが来ない。
トイレも出来ていないのに来ない。

風の噂によると、結核で入院したらしい。

何時退院かな〜と思ったら、結核病棟に隔離されて早くて一年後。

ぇぇぇぇ、、、資材は買っちゃったんすけど、、、有り金はたいて、、。
トラック二台分の木材とベニア板、、、

一度、病院にお見舞いがてら、アドバイスをもらいに行ったのだけど、マスク着用で病棟からは基本的に本とか持ち出せない。
病院も遠いし、、
自分で考えるか、、

基礎は大工さんのアドバイス通りに松の杭、色んな意味でこれをチョイス。
土地柄地面が凍るので地中1メートルは打ち込む必要がある。
仲のいい土建屋のオヤジにでかいユンボで来てもらって打ち込んでもらった。

この頃は友達Tも手伝いに来てくれていた。

実は、これも基本的に一人で出来るところは一人でやるつもりだった。
とりあえずは壁も出来たので三角を持って、足場に登って取り付けてみることにした。

なんだろう。
ひざが震えてきて、物凄い恐怖感に襲われた。
このときまで気づかなかったのだけれど、高所恐怖症だったみたい。

一旦、恐いと思ったら本当に恐くてなんもできない。

そんなわけで、計画を大幅に変更してTにたびたび来てもらい、高いところの仕事をしてもらった。
がんがん手伝ってもらったら終いにはキレて来てくれなくなった。

友達を失いかけつつも、高所の恐怖にも立ち向かうえざるなくなる。
人間関係も物作りも反省と進歩の日々ですわ。

足場は全部大工さんがただで貸してくれた。
Tだけではなく、ドームの大体の形ができてくると飽きて誰も来なくなる。

この頃には地下足袋も足になじんで、高いところにも慣れてくる。
慣れてくると、反動で高いところが楽しくてしょうがない。
なんかを克服したときって、必要以上に楽しく感じる。

足場の組み替えも一人でやってたから、この頃が一番イカした体していた。
若かったし。

そろそろ秋って、頃。

南国のバンガロー風だなぁ、、とか思っていた。

秋が過ぎると冬が来る。

完成まじか。

部屋の中。
7年くらい経過した現在は、とてもキタナイ部屋になっている。

今回のオシャレポイント。
チャリンコをこぐと、、

天井の窓が開く。

ギア比を計算しなかったので、開くまでに5分ほどこぐ必要がある。
夏場に”暑いから開けよう”と思うと、必死にガチャガチャこがなくてはいけないので余計に暑くなる。
汗かくし。

敗因は冬にこのあたりを作ったからだと思う。
冬は暖かくなってちょうど良かった。

結局、工期は10ヶ月。
大半が屋根材張りと天井内張り。
とりあえず、7年たった今でも崩壊していない。

予算は100万をオーバー、借金が出来た。

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