鉄と仕事
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「鉄と仕事」では、鍛造、鍛鉄、鉄にまつわる話などを交え、私どもの仕事をすこしずつ紹介していきます。


海外編

私達の仕事(西洋鍛冶)のルーツはやはり、海外にあります。スペインはガウディが有名ですし、イギリスやドイツアメリカ、それぞれに鍛冶屋ギルド?のような物があり現在でも活動しています。
そして、技術を見せ合う大会など、現在でも大きな規模で交流が続けられています。
ずいぶん前に見学したアメリカの大会などは、数日にわたる大きな物で規模、質、共に素晴らしいものでありました。(あらためて、紹介する予定です)
さて、このコラムを書いている私、kogoroは2003年をドイツはベルリンで過ごし、それならばヨーロッパの大会も見ておかねば!と思い立ったのです。

(この体験記は、ドイツ滞在記として書いたものを転載しています)

スロバキアへ行く。

スロバキアの長い一日

スロバキア
なぜにスロバキア?

私の知り合いがこんなものをくれたからなんですが、、、

“Smith’s Days 2003”
鍛冶屋さんの大会ですな。
かれこれ10年くらい前にアメリカで鍛冶屋大会を見学に行きました。
いろんなところから鍛冶屋が集まり技を見せ合う硬派な集まりで、かなりキャラの濃い人たちが沢山います。ヨーロッパの大会は見たことが無いのでこれは楽しみです。
本当は8月のチェコの大会の方が大きいという噂なのですが日程が合ったのと行ったことのない国、ということで、この大会に決定です。
一応、このパンフをくれた人に情報を聞くため日本へ電話。

「そんな大会あったっけ?」

早くも不安がいっぱいな言葉。
飛行機取ったあとにあわてて主催にメールすると一応開催される様子。
予定はウィーンに飛行機、陸路でスロバキア、ブダペストなので、無ければさっさとハンガリーとウィーンに行こう、ということでOKです。

早速ウィーンからバスでスロバキア入り。
ブラティスラバという首都まで1時間、値段も1000円程度とお得です。
しかし、着いた所はバスターミナルなんですがイメージの中の汚い東欧そのまま。
ちょっと恐い雰囲気すらありました。
それに加え、日本人がまだめずらしいのか青い目でじ〜〜〜っと見つめられます。
すれ違うと振り返ってまで凝視されます。
そして、第一の目的地、バンスカ・ビストリカというところへ再度バスで移動します、、が
事前の調査では若者は英語、おじさん達にはドイツ語が通じるとあったのに、まったく通じない!

かろうじて英語が出来る切符売り場を発見。
しかし、私の狭い脳の外国語をつかさどる部分は一言語分しかなく、英語はどっかに行ってしまいました。
これが洒落にならない程酷く、英語で数さえ満足に数えられなくなっています。
2桁になるとほぼ壊滅状態です、フンフティーとか意味の分からない言葉にまざってしまいます。
特に2桁の数字、ドイツ語はたとえば“23”のことを、3と20と言います、
英語や日本語のように20と3ではなく逆になるのでごっちゃになります。

というわけで、外交は彼女におまかせ。

バンスカ・ビストリカ

バスで3時間、着いた所は綺麗じゃないすか。
ここがスロバキア一番の観光地らしいです、雰囲気はディズニーシーにそっくり。
実はヨーロッパを旅行していても、案外鉄のものって期待するほど多くなかったりします。
特に都市部に行くことが多くなってしまうのでしょうがないのですが、ここでは鉄の物が多い!
門扉に格子、看板と色々あって早速好印象です。
そしてここでも言葉がさっぱり通じないしじろじろ見られるのですが、店に入ったり
道を聞いたりすると、、、ものすごく親切。
それに加えなぜか男前とかわいこちゃんばっかり。
市内バスは30円くらい、店でビールを飲んでも4〜50円。
食事も一品100〜500円くらいで財布を気にせず、食事もできるしいい所です。

一泊してここを堪能した後はメインの目的地大会会場へ。

電車に乗ること45分

この日は大会は参加者の登録やら事務的なものが中心のはずなのでまぁ、現場の下見
という感じでとりあえず行ってみました。
現場の地図すら事前に手に入れられなかったので聞き込みと足での探索になります。

見事になんにもないです。

電車が行ってしまうと結構不安な気持ちにさせられました。
駅にも誰も居らず、奥の隠されたドアをだんだん叩くとやっと人が、、、
パンフを見せ、ここはどうやっていくの?ときくと

フラーフォ!フラーフィ!みたいな言葉。

手の動きをみると左に行ってから右に行くみたいです。
でも見える範囲にそれらしいものはなにも無いんですけど、、、、、。

数十分歩くと、、、、、カーンカーンと音が!

鍛冶屋が居るぞ!っと行ってみると公園に水車で動く鍛冶屋ロボがぽつんとあるだけ、、、
なんとなく周りには炉らしきものが3つ。

それだけ?

写真は二日目の写真なので人が写っていますが当日は一人も居なく、、、
さんざん歩いても会場はここだけ。
ちょっとさびしい大会かも。

水車の力でハンマーを振る鍛冶屋ロボ

大会二日目。

この町は、温泉町というかスパというか、湯治をするための療養所のような町で
観光客というよりは、血色のいいおじさんおばちゃんや地元の人がうろうろしてる、端から端まで
歩いて30分程度の小さな町です。

その日も歩いてるとじ〜〜〜と見つめるおじさんがいました。
そのうち、とことこっと近づいてきて「KOGORO?」と言うじゃないですか。
この人実はオーガナイザーで、問い合わせのメールを覚えていたらしいのです。
おお、ちょっとこっちに来てくれ!と事務所に連れて行かれました。
「ぜひ、なんか作ってくれ!、ビールと食事と泊まる所も無料だから!」
破格の待遇じゃないですか、しかし、言葉の分からんスロバキア、
道具も無けりゃ、材料も、しかも仲間も居ない。
見学に来ただけだから、見てから考えさせて、とお茶を濁しつつも、食事とビールの食券を
しっかり二人分頂き、早速おいしいグーラシュとビールをいただきました。

現場はこんな感じでした。

主催者を捕まえて質問を、、、

Q 何人くらいの鍛冶屋が来ているの?
30人くらいかな。

Q どんな国から来てるの?
スロバキアとチェコと君ら二人。

Q ドイツ語しゃべれる鍛冶屋さんはいませんか?
多分いないね〜

インターナショナルと謳った看板に早くも偽り有り。

2グループがデモンストレーションをしていたのですが、片方は4人組の鍛冶屋。
写真の子達は学校の生徒らしいです。
鍛造機、溶接機はおろかバーナーさえも使いません。

本当にカーンカーンと叩くだけです。

人も朝の内はそこそこいたのですが次第に飽きたのかまばらに。
それでも最後まで見てみようとまったり座っておりました。
機械に頼らないので、制作の進行は非常にゆっくりで、のどか〜な雰囲気でした。
ぼ〜としてると、先に紹介した鍛冶屋ロボにガキがいたずらを始め、、、、、
そうこうしてるうちにガキのシャツが回転部分にひっかかり身動き取れなくなっていました、
笑って見てたのですが、「ギニャァーーー」と叫び始めるじゃないすか!
あわてて川に駆け込み水車を押さえると周りからも人が群がり、騒然と。
結局大事にいたらず、あせった子供が泣いただけだったのですが、午前中唯一の大きな動きでした。

午後

やっとこ英語が出来る人がやって来ました、彼自身は鍛冶屋ではないのですが父親が鍛冶屋とのこと。
写真中央奥の人。
自分のファイルを見せてコミュニュケーション開始。
「ぜひなんか作ってよ!皆もみたがってるし!」
と彼、ちょっと主催者の陰謀を感じましたが
「でも道具もないし、僕らとやってるのとはちょっと違うから難しいよ」、と正直に。
「なんかちょっと叩くだけでもいいから」
なんか逃げられない雰囲気になってきました、そこへ黒幕の主催者登場。
「ぜひ、ちょっとだけ叩いてください」
正直な所、私、最近機械に頼って作っているので火とハンマーだけでそれも短時間で
完成できるものが頭に浮かびません。
簡単に溶接でくっつけちゃう部分もここではそれなりに考えなければできません。
「時間があればなに作るか考えてできると思うけど、、」
とうっかり言ってしまったので、もう落とされたも同然。
夜のレセプションで皆で相談しようということになってしまいました。
実は、日が暮れたら次の町にでも移動しようか、と考えていたのですが
予定を変更して夜までは滞在決定です。
夜までの間、スロバキア鍛冶と色々知り合えたりとこれだけでも収穫だね〜と話していました。
しかしながら、明日のデモンストレーションは道具とか材料がはっきりしないかぎり
無様なことになるだけなので断るときめたら断ろうと考えていました。

この子達が話しかけてくれた鍛冶屋一家。

左が英語のしゃべれる兄、でも鍛冶屋ではなく他のことを勉強してる。
弟、16歳くらい、鍛冶屋学校にいってる。
友達、同じく鍛冶屋学校生徒、皆なんだか男前で背も高い。

この人達と、親父さんとレセプション会場へ。

なにをやるのかと思いきやホテルの広間で鍛冶屋やらお偉いさんやら沢山いて
要はオープニングパーティーの様相。
我々は、彼等とテーブルを囲み、明日の話をするきっかけを待ちます。
日本のそれと同じく、お偉いさんやらスポンサーの挨拶。
若者コーラスの歌を聴き、、、主催者の挨拶、、、長い、、、、。
その中で、、「ヤポンスカ!コウゴロウスカ!」と聞こえてくるじゃないすか!
もう一度「ベルリンスカ!コウゴロウスカ!」もう間違いないです。
日本から来た、ベルリンに住んでる光吾郎が来てる!と言ってるに間違いないです。
会場の皆もこっち向いてるし、、、、、、、。

「もう逃げられん、、、、、、、」

多分、明日なんかやる、とも言っているはずです。

その後、食事が始まり皆で飲み始めます、というか飲まなきゃやってられないんす。

根が小心者なので。

この日、バンスカにホテルを取っていたので帰らなければなりません。
しかし結局、頼みの綱の鍛冶屋親父がテーブルに帰ってきたのはバスの時間の20分前。
急いで確認、材料は?道具は??
材料はなんでもあるから大丈夫、溶接機は無し、ハンマーだけ。
ちょっと厳しい条件っす、主催者がいうようにただカンカン叩くだけじゃ、どうにもならないし。
とにかく、いつもやっているやり方では出来ないことはわかっています。
かなりテンパってきた私、なにかやたら必死になってきました。

だってヤバイもの。

そのうち、、「大丈夫、親父達も手伝ってくれるって言ってるし、遊びみたいなものだから」、と兄。
おお、これだ!
手伝ってくれるならなんとかなるかも!
「じゃぁ彼から伝統的な手法を学ぶよ」とあざとく言い、帰路につきました。

しかし、具体的なことはなにも決まっていない、、。

仕方が無いので、朝早く起きてなにか考えないかん、、、、、、、、。

当日朝に打ち合わせ。

朝9時、着くなりビールどぉ?と生ビール。

朝5時起きで考えたデザインを見せてみます。

言葉が通じればちっちゃい椅子でも作ろう!で話が進むのですが、具体的なものがないとなんも進みません。

溶接無し、で考えて人手があればなんとかなりそうです。
話のなかでデザインを簡単にしていけばうまくいきそうです。

あくまでたたき台のデザインですな。

「いや〜これは無理だよ3時間じゃ」

なに?3時間って?

「材料もこれしかないし」
と、主催者が持ってきたのは
20ミリの角棒50センチと平たい板一枚。

え、材料なんでもあるって親父さんが、、、

話が違〜う。

やっぱり、、、これだよ、心配してたのは!!!
ここまできて外人に文句言っても仕方ないです、ここはスロバキア
郷に入れば郷に従え、考えましょ!

こんな感じで地面に刺す、ベンチってのはどぉっすか?

これなら簡単、と好感触。

材料も限られてるからこんな感じっすかね、親父さん。

親父さんのアイディアで背もたれは、平板の端を叩いて広げて作る、
座面もプレートがないのでUの字で、ということに。

上から見るとこんな感じですな。
トイレみたいだなと一同。

だったらトイレということで。

決定、野外用の便器。
わりと受けが良かったし。
良かった冗談通じる人達で。

決まれば作る!

しかし、作り方は二人一組の人力作業。
もっと助けがあると思いきや、親父さんと二人きり。
これが始めてで結構難しいし、強く、とか弱く、など言葉がさっぱり通じないので
タイミングもなかなかうまくいかない。
実質一年半ぶりのハンマー、相手に合わせなくてはいけないので勝手に休めない。
休みどころも良く分からず相手の目を覗きつつ振り回しているうちに早速、腕が上がらなくなってくる
後で気付いたのですが彼等ハンマーを全然上まで振り上げないんです。
手元でこつこつと叩く、それに気付いた時にはすでに手がパンパンになっていました。
しかし、日本人ということでハンマーを持つと急に回りに人が集まり
ばんばん写真撮られるし、どうにもなりません。
ちょっと弟に代わってもらって一休み。
隣で一人で便座を作ることを提案し、分担させてもらいました。

なんとか格闘の末、部品も上がり組上げ。
しかしここでも、リベットの頭の形をどうするか?とこんなことでもうまく通じません。
兄が通訳をしてくれるのですが、こっちも英語がだめなので

私−>彼女−>兄−>親父さん

という遠いルート、それも真ん中二人が作業内容をよく分かっていないのでどうもうまくいかない。

そこへ、、突然知らない人が現れ、ドイツ語で、、、

よかったら通訳しようか?

助かったー!!!

この人、チボールさんは交通事故で背骨を2箇所骨折してここで療養中とのこと。
ドイツ語も分かりやすく、安心。

ドイツ人以外のドイツ語なら分かるという情け無い実力もこのときばかりはありがたかった!

この後、無事終了!!!

まぁ、、その、、こんなものですが、、
今日はこれが精一杯。

気付かなかったのですが、弟がこんなの書いていました。

倉田

kogoro kurata

Toilet Char

正直、なぜにスロバキアで便器を作っているのかと考えましたが面白かったっす。
機械を使わないでシンプルなものを作る、案外ここ数年やらなかったことなので。
そういえば初めてギター作ったときは、ハンマーと炉だけで作ってたな、、、なんて思いました。

閉会式。

このマイスター連中に紛れ舞台に上げられました。
正直、素人並みの叩きっぷりで一本ハンマーも破壊し、意気消沈の状態でここに上がるのは
恥ずかしい思いがあったのですが、参加のメダルと賞状?を渡されるために名前が呼ばれ、
またも「ヤポンスカ!コウゴロウスカ!」と説明されると、一番の拍手が。
同時に日本の規格にはない20ミリ角棒を渡されました。
各自、「来年までの宿題」だそうです。
「これで、ちっちゃい便器作るよ」と親父さんに言うとなぜか通じ笑ってくれました。

しかし、本当は、、、

ちょっと持って帰るには重いので鉄棒はあるホテルの部屋に隠して来ました。
また来たらその棒でなにか、もっとましなものを作ろうと思います。

左から通訳してくれたチオボールさん
スロバキアの芸術学校のコイン彫りの先生
赤いシャツの主催の人。同じくスロバキアの芸術学校の鍛冶屋の先生
右端はやたら本人も作品もかっこいい鉄作家のヤンさん。

この日でスロバキアを後にする予定でしたが、、、、、、
ヤンさんのはからいでとても嬉しい、予定外の一日がプレゼントされました。